めんどり聖書研究会


めんどり通信/2017年2月12日(日曜日)主が復活された記念すべき日曜日です!ハレルヤ!
<初めに、神が天と地を創造した:天(霊的世界)についての思考>


★新約聖書 コリント人への手紙 第二 4:18
   私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時
   的であり、見えないものはいつまでも続くからです。
 
★新約聖書 エペソ人への手紙 6:12
   私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者た
   ち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
 
「聖書」の編纂には、いろいろ複雑な事情があることは、聖書研究者や大学教授などが語っ
ているようだ。 キリスト者たちの中には、聖書は改ざんされている、誤訳されていると言う者も
多い。 確かに、それらの方々が主張しておられるように、意図されているいないに関わらず
聖書のざん」「誤訳」はあり得ると思う。 主を攻撃したサタンが、「聖書」に攻撃をかけない
わけはない。 ただ、もし、ヘブライ原語、ギリシャ語に堪能で聖書原語で読めたとしても
霊の働き、主の導きがなければ、主が言わんとしていることを知ることはできない。 
 
今までの本当に主が喜ばれたと思われる日本のキリスト者たちも、「改ざん」「誤訳」されてい
るといわれている「聖書」を読んできたと思うが、彼らの信仰は見上げたものであった。 斉藤
宗次郎(めんどり通信/2009年3月22日/2002年(31)、枡崎外彦(めんどり通信/2009年3月29
多くの殉教していったキリスト者たち。 有名ではないが主が「良し」とされた数え切れな
いほどのキリスト者たち。 彼らのほとんどは、「聖書」原語(原典、原文)では読んでいな
かったと思われる。 また、聖書の研究もしていなかったと思われる。 それでも彼らは、この
地上では困難、苦難の連続であったが、天の御国へまっしぐらだった。 聖霊が彼らに必要な
ことを悟らせ、主が彼らとともにおられたからだ。 彼らも、主から離れず、正しくしっかりと主に
つながっていたからだ。
 
「聖書」のすべてではなくても、幾つかでも原語(原典、原文)の意味を聖霊の導きによっ
知り、主の言わんとされていることを悟らせてくださるなら本当に幸いであると思う。 もち
ろん、知るだけでなく、教えられたことが、自分の実生活に活かされ、天に向かっての歩みに
活かされることを主も望んでくださっているのではないだろうか。
 
さて、聖書では、目に見えない霊の世界があり、目に見えるこの世界(物質世界)においては、
霊の影響があることを教えている。 事実、神は「霊」である。 だから肉眼では見ることができ
ない。  しかし、多くのキリスト者たちは、神である主が、実際、臨在されておられることを実感
している。 肉眼でキリストを見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、
栄えに満ちた喜びを体験をしている。 それで「霊的世界」があることを知っている。(Tペテロ
1:8) そして、目に見えないこと、霊のことは、重要であることも知っている。 新約聖書でも、
「見えるもの、また見えないもの、万物は、御子によって造られた」と書かれている。(コロサイ
1:16) 
 
また、創世記1:1「初めに、神が天と地を創造した。」という、このことばで神が「霊的世界」
造られたことが書かれているという。 原本であるヘブライ語をギリシャ語に最初に訳した「70
人訳聖書」の日本語訳では「天」ではなく「不可視」と訳されているという。 「初めに、神は不可
視のもの(あるいは不可視の世界)と可視のもの(可視の世界)を創造された。」 すなわち、神
「霊的世界」「物質的世界」を創造されたということである。 
 
聖書の一番最初に書かれていることばが、神の「霊的世界」の創造ということは、この地上
(可視の世界、物質的世界)で生きる人間にとって、この「霊的世界」でのこと、そこに存在する
「霊」が、いかに人間に影響を与えるかということを、我々に知らせておられるのではないかと
思った。 また、「霊的世界」で起こること、起きてきたこと、「霊的世界」に存在する「霊」に目を
向けることの重要性をも教えているのかもしれないと思った。 そのことは、今まで知っていた
と思っていたが、更に深く認める必要があると感じた。
 
「霊的世界」には、主に仕える御使いだけでなく、主に反抗する悪霊も存在する。 聖書の中に
は、人が悪霊の影響を受けている事例があちこちに書かれている。(マタイ17:15、マルコ5:
9、ルカ9:42、11:14他) 聖書の中に悪霊が語っている場面があるが、確かに悪霊は語ってく
る。 また人に入る。 人より強い。 人より賢い。 悪霊には人格がある。 悪霊は、人の弱み
につけ込んでくる。 
 
特に、人の心の傷につけこんで、悲しみや憎しみを増幅させる。 憎しみは、悪霊の好むエサ
である。 憎しみが増幅すると、自分を悲劇のヒロインに仕立てていく。 悲劇のヒロインになっ
て、相手を責める。 そうしないと やりきれないからだ。 そのような心の状態の者を、悪霊
が放っておくはずはない。 悪霊の目的は人を滅ぼしたり、つまずかせたりすることである。 
 
また、人間の目に見えな い「霊的世界」の戦いが繰り広げられていることをかいま見る記事が
ダニエル書に書かれている。 3週間の断食と祈りをしていた老齢ダニエルが、2人の御使い
の顕現を目の当たりにした。(ペルシヤの王クロスの第三年:紀元前537年) 1人は受肉前の
イエス・キリスト(ダニエル書10:5,6,16)もう1人は、御使いガブリエル(ダニエル書10:10-14)
と言われている。 ダニエルは、一つのことば(啓示)と幻が与えられた。(10章-12章) 御使い
が、ダニエルに伝えるために彼のところに来ようとしたが、ペルシヤの国の君(堕天使)が21日
間、この御使いに向かって立ち抵抗しており、足止めを食らっていたという。 しかし、御使いミ
カエルが助けに来てくれたので、ダニエルのところに来ることができたという。 
 
「ペルシヤの国の君が二十一日間、私に向かって立っていた」と、このように、この地上で物事
が進まないと思うとき、「霊的世界」で動きがたいもの、滞っているものがある、ということだと
思われる。 この世の様々な事が進んで行く上で、この世の色々な障害以上に、霊的な障害、
妨げがあることを覚えておかなければならない。 特に、直接なり霊的感覚なり、また、いろい
ろな方法で与えられた「主からのことば」や「ビジョン」が、その通りになるのに、スムーズに進
まないことがあるのは、「霊的世界」における(悪)霊の働きがあること、その悪しき霊の働きを
終わらせるために、主に仕える御使いの存在があるということだ。 
 
我々は、この世の現実だけでなく、霊的世界」における霊の働きをも見ていく必要があるとい
うことだと思う。 いや、むしろ、「霊的世界」におけることが、重要かもしれない。 「霊的世界」
におけることが、我々にとって現実、実際であるこの世(物質的世界)に現されることが多いの
ではないかと思うからだ。 神が、「初めに天(霊的世界)と地(物質的世界)を創造をされた。」 
そして、「霊的世界」「物質的世界」を隔てるものはない。 だから、この地上にいる、いろい
ろな人や出来事の背後で、目に見えないが確かに存在している霊が働いていることが多いの
ではないかと思う。 
 
我々は、目に見える世界がどのような状況、状態であれ、目に見えない天における霊の世界
では、主に仕える天の存在者たち(御使い)が、主とともに祈りに答えて戦っておられるのだか
ら、目に見える出来事、現状に振り回されたり、失望したり、惑わされたりしないように、キリス
トを見て、主とともに歩んでいきたいものである。
 
★新約聖書  第一ペテロの手紙  5:8
   身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのよう
   に、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。
 





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