めんどり通信/2017年9月24日(日曜日)主は復活され今も生きておられます! <さいわいなのは心の(霊において)貧しい者> |
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★旧約聖書 詩篇 25:9
へりくだる者を公義に導き、へりくだる者にその道を教えられる。(口語訳)
主は貧しい者を公義に導き、貧しい者にご自身の道を教えられる。(新改訳)
★新約聖書(前田訳1978) マタイによる福音書 5:3〜5
さいわいなのは霊に貧しい人々、天国は彼らのものだから。 さいわいなものは悲しむ
人々、彼らは慰められようから。 さいわいなものはくだかれた人々、彼らは地を継ごうから。
●詩篇103:8に書かれている通り、「主はあわれみに富み、めぐみふかく、怒ること遅く、いつく
しみ豊かでいらせられる。」 確かに、福音書を見ると、イエスが人を深くあわれんでいる場面
が多く出てくる。 それらをよく見ると、特に女、子ども、体の不自由な者、貧しい者たちに対し
て、目を留められ、あわれみを示されているように思われる。 もちろん、すべての女、すべて
の体の不自由な者、貧しい者ではないが、弱者に目を留められていると思われる。 また、あ
われみを示される一方で怒りをもあらわされている場面もある。
例えば、イエスにさわっていただくために、人々が「子ども」たちを連れて来た時、イエスの弟子
たちはこれを見て、連れてきた人々を叱った。(ルカ18:15-16、マタイ19:13-15) これに対して
イエスは弟子たちに穏やかに言っているように見受けられるが、実際は、「憤られた」のではな
いだろうか。 塚本訳1963では、「子供たちをわたしの所に来させよ、邪魔をするな。・・」、岩
波翻訳委員会訳1995では、「・・彼らの邪魔をしてはならない。・・」と訳されている。 イエスは、
「手を彼ら(子どもたち)の上においてから、そこを去って行かれた。」(マタイ19:15)
当時の「子ども」は、一般に現在に比べて「子ども」への評価が低かったという。 イエスの頃の
ユダヤ教では、12歳以下が「子ども」と見なされていた。 ユダヤ教でも「子ども」は悟りのない
無知な者として扱われるのが普通だったという。 イエスは、そのような「子ども、幼な子」たち
を呼び寄せて「神の国はこのような者の国である。」と言われたのである。
「長血の女(マルコ5:25-34)」は、「せめて、み衣にでもさわれば、なおしていただける」と信仰を
持ってイエスの着物に触った時、いやされた。 イエスが、「わたしの着物にさわったのはだれ
か」と言われたが、弟子たちは「ごらんのとおり、群衆があなたに押し迫っていますのに、だれ
がさわったかと、おっしゃるのですか。」と言った。 イエスは、その弟子たちの言葉には耳もか
さないで、黙って、さわった者を見つけようとして、見まわしておられた。 そして、みまえにひれ
伏した「この女」に「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい。すっかりな
おって、達者でいなさい。」と言われた。
賽銭箱の近くでは、金持たちが賽銭箱に献金を投げ入れるのを見られ、ある「貧しいやもめ」
が、レプタ(最少単位の銅貨)二つを入れるのを見られて、「本当にいう、この貧しいやもめは
だれよりも多く入れた。(前田訳1978)」と言われた。 「貧しいやもめ」に目を留められている。
また、イエスはナインという町の門の近くで、ある「やもめ」のひとり息子の葬儀に出くわした。
イエスは、彼女に対して断腸の想いを覚え、「もう泣かなくともよい」と言われ、息子を生き返ら
せた。(ルカ7:11-17) 当時の社会において「やもめ」となるということだけでもきわめて厳しい
立場を余儀なくされる。 そのやもめが、「ひとり息子」までも失ったのだから、彼女は希望がむ
しり取られ、生きる力もない状態だったであろう。
この箇所の「やもめ」は、原語では「ずっと、やもめであった」である。 イエスのこの「やもめ」
に対する思いを、「深い同情(口語訳)」、「かわいそうに(新改訳)」、「憐れに思い(新共同
訳)」、「断腸の想いを覚え(岩波翻訳委員会訳1995)」と訳している。 原語のギリシャ語では、
同情という感情を表わす最も強い言葉であり、普通の同情やあわれみではなく、人間の存在
の深みにまで動かす感情を意味するという。 原語は「内臓がゆすぶられる」という意味だとい
う。 それほど、イエスは、この「やもめ」をあわれまれた。
その他、多くの口の利けない人が話すことができるようになり、体の不自由な人はいやされ、
足の不自由な人が歩き、目の見えない人が見えるようになり、悪霊につかれた人たちが解放
された。 それらはすべて、イエスのあわれみと恵みによる。
このようにしてみる時、イエスが群衆を見て「かわいそうに」と思われたのは、群衆の中の特に
女、子ども、弱者に向かって思われたのかもしれない。 イエスは、群衆のことをよくご存知
だった。 群衆がイエスを捜してカペナウムに行き、イエスに出会ったとき、イエスが群衆に答
えた言葉は「あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて
満腹したからだ。」だった。 イエスを捜すのに先導を切ったのも、イエスに出会って、「先生、
いつ、ここにおいでになったのですか。」と言ったのも、女、子ども、体の不自由な者、貧しい者
たちではなく、群衆の中の比較的強い者だったような感じがする。(ヨハネ福6:22-59)
また、イエスが怒られた箇所も多い。 「偽善的態度」「欺瞞的態度」の律法学者やパリサイ人
たちに対して、一般ユダヤ人民衆の中でも律法学者やパリサイ人たちと結びついていた商人
や金持ちたちに対してである。 「女」の位置として、旧約時代、ユダヤ人女性が結婚したので
あれば、彼女への後見責任は彼女の父親から彼女の夫に移され、彼女は彼の家、奴隷、女
中または財産と同じようにその所有物の一部と見なされた。 西暦1世紀以降も「女性は自分
の伴侶である男性に服従する」人生を送るようにという女性蔑視の態度は、ユダヤ教に、そし
て教会教父たちの書にも浸透していったという。 旧約時代からずっとユダヤ世界だけでなく、
キリスト教会においても家父長制社会の影響で男性中心の世界観、価値観、男女観になって
いると言われる。
しかし、イエスが復活された後、最初に顕現されたのは、マグダラのマリヤであった。 神の重
大なご計画があったからではないかと思う。 ヨハネの福音書では聖書の中では珍しく「女」が
目立つ。 @ヨハネ福4章のサマリヤの女。 A8章では、姦淫の女の赦し。 B11章のマルタ
とマリヤの姉妹。 C12章では、ベタニヤのマリヤの香油注ぎ。 D20章では、マグダラのマリ
ヤが復活の主にお会いした最初の証人になったこと。 これらの出会いから、ヨハネの福音書
では、まるでイエスが、「男」から「女」に目を向けられているかのようにも思えるくらいである。
要は、主が望まれていることは、「心の貧しい人たちは、さいわいである」ではないだろうか。
「心の貧しい者になれ」ということではないだろうか。 「心の」は、原語では「霊において」と書
かれているという。 前田訳1978には「さいわいなのは霊に貧しい人々」と書かれており、塚本
訳1963では、「ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち」と書かれている。 「霊において貧
しい者」というのは、「その人の霊において(神の前に)、内面的にへりくだる者」という意味があ
り、神とのかかわりを示しているという。 我々人は、肉眼で神を見ることはできないし、この肉
で神との交わりを持つことはできない。 神とのかかわり、すなわち主なる神との交わりは我々
キリストを信じた者の生かされた「霊」によってできる。
また、「貧しい者」は、ギリシャ語では「プトーコス」といい、「うずくまる、ちぢこまる」という意味が
あり、自分の力では立ち上がれないほどに完全に打ちのめされた状態をあらわすという。 自
分の無力を徹底的に知り、ひたすら神に目を注ぐ状態、すなわち神により頼む姿を示している
という。 世間一般のイメージ、心が狭い、情け知らずなどとは意味が違う。 経済的な貧しさ
だけでもない。 また、ヘブライ語まで遡(さかのぼ)ると、「貧しい者」とは、神により頼まざるを
えない人たち、すなわち「神に対して謙虚な」「敬虔な」という意味だという。 「どんな時もどんな
ことにも「自分」が出ず、神により頼み、神の御前にへりくだれ」、それが「心の貧しい者」の姿
であるということだ。 「自分」が出ないということは、砕かれているということである。
ペテロやヨハネのように、主に叱られ、主からの訓練試練を受けて「心の貧しい者」になってい
く者。 一方、叱られる(怒られる)と余計反発したパリサイ人や律法学者のような者。 主から
の訓練試練を拒否するか、もしくは自力で自分の方法で乗り越えようとして「心の貧しい者」で
はなく「心の豊かな者」になっていく者。 様々である。 本当に神に対してへりくだって、神の恵
みに豊かであるのならいいのだが、神から見られると「裸の者」が多い。(黙示録3:17) 「キリ
ストと自分」が確実に「一対一の関係」、「一対一の交わり」になることは、いわば、「心の貧しい
人」であるということだ。 とにかく、そのことが、自分の足場となるように真剣に取り組んでいき
たいものである。 そのためにも、ひたすら神に目をそそぎ、信仰の創始者であり、完成者で
あるイエスから目を離さないで、主の御前にへりくだって祈り、 主に尋ねることをしていきたい
ものである。(へブル12:2)
★旧約聖書 詩篇 10:12
主よ。立ち上がってください。神よ。御手を上げてください。どうか、貧しい者を、忘れない
でください。
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