めんどり通信/2014年10月12日。主が復活された記念すべき日曜日です!ハレルヤ! <我々の内側深くにさえサタンや悪しき霊に付かれるところを一点でも残すな:旧約のユダ国の善王から学ぶ> |
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★旧約聖書 詩編 27:4
私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家
に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。
●旧約時代にイスラエルの王国時代があった。 この王国時代は、新約の教会時代の予表で
あると思われる。 本来、イスラエルは、神が王であり神が支配される。 王制が導入されても
「主なる神こそが唯一の神」であり、王は、神の代理人にすぎない。 王が神の代理人であるこ
とに徹すれば、王制によっても神の望まれる王国として続いていたはずである。 王の条件
は、すでに律法(申命記17:14〜20)に記されていた。 だから王制といえども世の王制とは違
う。 一方、神の国である教会にもキリストのからだを建て上げるために、使徒、預言者、伝道
者、牧師また教師が立てられている。(エペソ4:11〜13) 彼ら教会の指導者が、神に尋ね伺
うこと、主に求めることに徹すれば、それこそ主の望まれる教会が建て上げられていく。
イスラエル王国はサウル王から始まったが、実質的な始まりはダビデである。 このダビデ
は、イエスの予表と言われている。 ダビデは30歳で王となった。 教会はイエス・キリストから
始まり、イエスは30歳で公生涯に入られた。 イスラエル王国は南北に分裂し、北イスラエル国
はダビデの子ソロモンの家来のヤロブアムから始まり、ダビデの血筋を受け継いでいない。
南ユダ国の王はすべてダビデの血筋を受け継ぎ、イエス・キリストまで守られた。 教会もその
歴史でプロテスタントとカトリックに分かれた。 他多々、旧約時代の王国時代の中のユダ王国
の歴史と教会の歴史には似通った部分が多い。 だから、王国時代について書かれている聖
書の箇所から、今日の我々に主が教えようとされていることがある。
さて、ユダ王国の王たち20名のうち、8名が「善王」と言われている。 「善王」について、めんど
り通信/2012年2月19日、めんどり通信/2012年2月5日を参照してほしい。 彼らは、異教の神
の祭壇や像を破壊したりなど、それぞれ宗教改革に取り組んだ。 彼ら8名のうち、6名に関す
る記述で「高き所は取り除かなかった。民はなおも、その高き所でいけにえをささげたり、香を
たいたりしていた。」と書かれている。(T列王記15:14、22:43、U列王記12:3、14:4、15:4、
15:35、U歴代誌20:33) 13代目ヒデキヤ王と16代目ヨシヤ王は、「高き所」を取り除いてい
る。 今回、この6人の「善王」について見てみる。
なぜ、6人の王は「高き所」を取り除かなかったのだろうか? 「高き所」とは、基本的には、カ
ナンの人々の偶像礼拝の場所である。 主なる神は、出エジプトしたイスラエル人に、モーセを
通して約束の地カナンに入ったとき警告として、「彼らの高き所をみな、こぼたなければならな
い」と仰せられていた。(民数記33:52) また、レビ記17章によると幕屋の祭壇以外の所でい
けにえをささげることは禁じられており、申命記12:1〜5でも、異邦の民による礼拝所は破壊
し、神が「ご自分の住まいとして御名を置く」場所へ行くことを求められていた。 イスラエルの
民は、はじめの頃は必ずしも「高き所」で偶像礼拝をしていたわけではなく、まことの神、主を
礼拝していた。 ソロモンの時代には、「高き所」でいけにえをささげて礼拝することは一般的で
あった。 ただ、主を礼拝する神殿はソロモンのとき、建てられた。 だから、「高き所」に行く必
要などなかったはずだが、善王たちは、「高き所」を取り除かなかった。 民の心の底には、偶
像礼拝に対する欲求的な「思い」が潜んでいたのかもしれない。 後にそこに偶像が置かれる
こととなった。 すでに、4代目ヨシャパテ王のとき、「高き所は取り除かなかったので、民はな
おも、彼らの父祖の神にその心を定めようとしなかった。(U歴代誌20:33)」と書かれている。
ユダ国の歴代の王たちもイスラエルの民たちも、神が選ばれた選民であり、ダビデの血筋を
受け継いでいるのだから尚更、モーセの律法やイスラエルの歴史などが親から子へ、民から
民へと語り継がれていたと思われる。 イスラエルの民が、出エジプトして荒野の40年間にあっ
た偶像礼拝やそのため神の裁きにあったことなども伝わってきていたはずである。 ならば、
偶像礼拝をイスラエルから完全に取り除くためには、この「高き所」は必ず、取り除くべきだっ
たのではないだろうか。 最初は、主なる神への礼拝で使っていた場所だったとしても、いつで
も偶像礼拝をする場所になり得る可能性があるとは考えなかったのだろうか? 自分たちイス
ラエルの民は、モーセが、40日間シナイの山から下りて来なかっただけで、出エジプトのとき見
て体験したいろいろな奇跡や不思議をいとも簡単に捨て去り、金の子牛を造って偶像礼拝に
興じた子孫であったこと、その弱さを持っていることを認識していなかったのだろうか?
取り除かなかった理由の一つに考えられるのは、この6人の「善王」は、「イスラエルの民の気
持ち」を汲んだのではないかということである。 「高き所」を取り除くことは、せっかく民がいけ
にえを捧げたり、香をたいたりして主を礼拝しているのに、それを妨げることになると考えたの
かもしれない。 また、神を礼拝するための「高き所」を残しておくことは、民の心を引き付けや
すいと考えたのかもしれない。 北イスラエル国の初代王ヤロブアムは、民が主を礼拝しにエ
ルサレムに行けば、民の心は南のユダ国に傾くことを恐れて、北イスラエル領土内に高き所
を設けたが、その心境に似ていないだろうか?(T列王記12:26〜29) 他いろいろ推測でき
るが、要は、善王たちの心の奥には、わずかながらであったとしても「イスラエルの民の機嫌を
とる」ような「思い」、ペテロが主のことを思って というのではなく、自分のための、いわば八方
美人的な意味の人を気にするという「思い」があったのではないかと思われる。(マタイ16:23)
宗教改革など行なって、勇ましい「善王」たちが、あからさまではないにしても、そのような「思
い」が僅かながらでもあれば、そこをサタンも悪しき霊どもも見逃すはずはない。 そのような、
自分でも気づいていないかもしれないほど僅かで密かな「思い」さえ、悪しき霊どもの格好の餌
食となり、「悪い思い」、「罪」、「肉の思い」が違和感なく心の奥に入り込んでくる。 そして、そ
のような「思い」「考え」が入り込んできたことに気づかず、それは自分の最善の「思い」「考え
」と思い込んでしまい、その「思い通り」「その考え通り」の言動をとることになる。 そして、まん
まと悪しき霊どもの罠にはまって主なる神、キリストから離れていくことになる。 主の望まれな
い、むしろ忌み嫌われる道へと進んでしまう。 このようなことが実際、あり得ることだ。(Tペテ
ロ5:8)
事実、6人の「善王」も、3代目アサ王は謙虚さを失い不信仰な王で終わった。 4代目ヨシャパ
テ王は、神のみこころを求めず、神からの叱責のことばを深く受け止めず、北イスラエル王国
イスラエルと同盟を結ぶという悪者と同じくびきを負い、8代目ヨアシュ王は、偶像礼拝をしたい
と願っていた人たちの願いを聞き入れてやるということなど主に忌み嫌われることをして、重病
に陥り、さらに謀反によって殺された。 9代目アマツヤ王は、エドム人を打ち殺して帰って来て
後、偶像礼拝をするようになり、預言者を通しての警告の主のことば聞き入れず、謀反によっ
て殺され、10代目ウジヤ(アザルヤ)王は、傲慢になった結果、彼の額はらい病に冒され、らい
を病む者として隔離された家に住んだ。 11代目ヨタム王は、暑くもなく冷たくもなく、生温かっ
たので、41才の若さにしてこの世を去った。 彼らは最初はよかったのである。 主のために
宗教改革に燃えていた。 しかし、最後は高慢になり罪を犯した。 結局、彼らは、神のことよ
りも人のことを思ったのである。(マタイ16:23) このことは、新約の教会時代の我々は深く学
んで、主の忠告、主の警告として受け取っておく必要がある。
著者は以前から「献金」のあり方が気になっている。 以前、ある牧師から何度も聞いた話し
だが、要約するなら、牧師は、信者さんが、いくら献金しようが、その金額の多い少ないに関わ
らず、献金の額にとらわれずに牧会をすると言っておられた。 信者さんが献金や品物を持っ
てきても、それらに目を留めず影響されず、それらは脇に置いて牧会をすると言われていた。
しかし、現実に教会を運営をしていくので「お金(献金)」のことは、牧師といえどもきちんと計算
するとも言われていた。 また、多くの教会が、このお金のこと、献金のことで問題が起きたり、
牧師が信者さんの顔色を見て、牧会にも影響が出ていることを、多くの実例による話しも聞い
た。 キリスト教会に、そんな問題があるなどと、つゆほども思っていなかったので、ものすごい
衝撃を受けたことを覚えている。
しかし、そのとき、話してくださる牧師さんの心の奥に「お金」「献金」に対する執着心のようなも
のを感じたことも覚えている。 牧師が話されることは、その通りだと思ったが、なぜか「善王」
と同じような人を気にするという感じを受けた。 ただ、そのようなことを訓戒として話してくだ
さっているし、その内容は間違っていないのだから、それこそ、そんなことを感じては失礼だと
も一瞬よぎった。 むしろ、そのように感じる自分が変えられなければならないとも思った。 そ
して、常識的な思いが勝って、「へー、そうか」という感じで聞いたことも思い出した。 もう20年
以上も前のことであるが、この箇所の南のユダ王国の「善王」のところの聖書の箇所を考えて
いたとき、鮮明に思い出された。
結局、このところで思うのは、人の内側にあるもの、少しでもサタンや悪しき霊どもに付かれる
生まれながらの思い、考え、計画、情、・・・などは残しておいてはならないもの、変えられなけ
ればならないものだということだ。 主は、一人一人に応じて、試練訓練を与えられるように、
一人一人に応じての作り変えをなさる。 だから、「善王」は、新約の教会の使徒、預言者、伝
道者、牧師また教師など指導者にあたると思われるが、これは指導者だけの問題ではない。
こうして見ると、「善王」と言われる者たちでさえ、主の望まれる「信仰」を全うできなかったこと
がわかる。 人が願い、人が認める「信仰」は全うできても、主なる神が望まれる「信仰」を全う
することは本当に難しいとつくづく思う。 しかし、新約の我々には、キリストがおられる。 我々
が無力で成し得ることができないことを成してくださるお方がおられる。 ただ我々が、このキリ
ストに、どれほどしっかり繋がるかどうか大きな鍵となる。
一旦、イエス・キリストを信じたら、その救いから漏れることはない、と教えている教会が多い。
確かに聖書には「御子を信じる者はさばかれない」「御子を信じる者は永遠のいのちを持つ」
「イエスを信じる者を義とされる」など、あちこちに、教会が教えている通りに書かれている。(ヨ
ハネ福3:18、36、ローマ3:26) しかし、聖書は、一か所だけで解釈できるものではない。 祈
りの中でパズルのように何か所も照らし合わせて初めて主の御心の一つを汲み取ることがで
きるということが多々である。
また、人の見方と神の見方は違う。 そのように考えてみると、人が「主イエス・キリストを信じ
ている」と言っても、神から見たら、そのように見ておられないということもあり得るということ
だ。 「キリストを信じる」ということは、徹底的に主イエス・キリストに頼り切り、キリストの言わ
れることに徹底的に従うということである。 「信じている者」が少し揺さぶられたとき、本当に主
イエス・キリストを信じているかどうかがわかるものである。 もちろん、はじめから、そのようで
あるわけではないが、主に徹底的に従おう、主に頼り切ろうと主に祈り求め、尋ね求める者
を、主の方が責任を持って、作り変えてくださる。
旧約の南北朝時代は、「ダビデのように」というのが王の基準だった。 王はみなダビデを目指
さなければならなかったが、今日の我々には、目指すキリストがおられるだけでなく、そのキリ
ストに拠り頼むなら「信仰」を全うできるという神の方法が与えられている。 我々は、そのよう
な恵みの時にいる。 今は恵みの時、今は救いの日だからである。(Uコリント6:2) しかし、
この恵みの扉も閉められる時が来る。 もしかしたら、その時は案外、近いのかもしれない。
たとえ、その時が遠かろうが近かろうが、主からの警告、啓示を厳粛に受け止めていきたいも
のである。 ダビデのように、心の底から悔い改め、絶えず主に尋ね求める者を神は愛され
る。 神は、我々人がダビデのように真剣に、必死に主に尋ね求める、その心の態度を待って
おられる。 そのことに取り組みたいものである。
★新約聖書 へブル人への手紙 12:2
信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。・・・
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