めんどり通信/2010年4月25日。主が復活された記念すべき日曜日で す! ハレルヤ!<主のために敵との戦いで勝利を得る> |
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★新約聖書 ローマ人への手紙 14:8 もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生き るにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。 ★新約聖書 第一コリント人への手紙 15:57 しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利 を与えてくださいました。 ●旧約時代、イスラエル人は主の目の前に悪を行っては敵に攻められると、主に叫び求め、 助けられ、そしてまた主の目の前に悪を行い、主に叫ぶというようなことを繰り返していた。 ミ デヤン人の勢力が強いある頃、主はイスラエルを救うためにギデオンを召された。 ミデヤン人と戦うために主は多くの民の中から主の試しを受け残った3百人を選ばれた。 ギデオンは「全員の手に角笛とからつぼとを持たせ、そのつぼの中にたいまつを入れさせた。 三隊の者が角笛を吹き鳴らして、つぼを打ち砕き、・・左手にたいまつを・・、右手に吹き鳴らす 角笛を堅く握って、主の剣、ギデオンの剣だ。」と叫び、 それぞれ陣営の周囲の持ち場に着い たので、陣営の者はみな走り出し、大声をあげて逃げた。 三百人が角笛を吹き鳴らしている 間に、主は、陣営の全面にわたって、同士打ちが起こるようにされた。・・・(士師記7:16^22)」 この箇所を通して主が、我々に教えようとしておられることは、戦いをするときの勝利の秘訣で ある。 ミデヤン人、13万5千人に対してイスラエル人は3百人だった。 イスラエル人たちの勝 利の秘訣は、主が召されたギデオンと「主がいっしょにおられ」 たことである。 「主があなた (我々一人一人)とともにおられる」ことこそが最大の勝利の秘訣である。 また共に戦った3百 人はたいまつを持ったが、たとえでいうなら、たいまつは光であるキリストをあらわすと思われ る。 いずれにせよ、「主がともにおられる」「キリストがともにおられる」ことが勝利の秘訣の最 たるものである。 また、彼らはみな、そのたいまつを空つぼの中に入れていた。 そして角笛を吹き鳴らし、つぼ を打ち砕いたことも勝利の秘訣の要因といえよう。 つぼを打ち砕く、つぼを割るとは器をこわ すこと、つまり、自分の殻(から)を破る、自我が砕かれることを表わす。 自我が砕かれるか ら、自己実現することや、自分を貫(つらぬ)くことをせず、主の御心を優先し、主のことばに 従うことができる。 なお、空つぼを持ち打ち砕いたのは、3万2千人のイスラエルの民の中から主の試しによって 残った3百人だけである。 その3百人が空つぼとたいまつ、角笛を持つことができた。 自我 とか心の奥底とかは、人から見える、わかる部分と神からの見方でなければ分かりえない部 分があるようだ。 神からの見方を与えられた者が、真に主に従うための自我、自己が砕かれ ると言えるのかもしれない。 「人はうわべを見るが、主は心を見る(Tサムエル16:7)」「わたしを信じる者は、聖書が言って いるとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。(ヨハネ福7:38 )」 「だれが心のうちに知恵を置いたか。だれが心の奥に悟りを与えたか。(ヨブ38:36)」などの みことばから、神は人の心の奥底に視点を合わせておられるようである。 また、 「私(ギデオン)と、私といっしょにいる者がみな、角笛を吹いたなら、あなたがたもまた、 全陣営の回りで角笛を吹き鳴らし、『主のためだ。ギデオンのためだ。』と言わなければならな い。」 (士師記7:18)」 と言っているが、戦いは自分のためというより、「主のため」である。 ま たギデオンは主が立てた人である。 だから「ギデオンのため」というのは、「神が立てた権威 に従う(ローマ13:1)」というみことばから、「主のためだ。神が立てた権威のためだ。」と言えよ う。 すなわち「主のため、キリストのため」に戦うのである。 そして戦いのとき「三百人が角笛を吹き鳴らしている間に、主は、陣営の全面にわたって、同 士打ちが起こるようにされた。(士師記7:22)」と書かれているように、戦いは主が戦ってくださ るのである。 また戦いというとき、肉の戦争ではない。 聖書で神が語っておられる戦いとは、この地上で まっすぐに主の御心に従ってゴール(永遠の御国)に向かってクリスチャンとして歩んで行くの を妨げようとする「主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊 に対するもの」である。(エペソ6:12) だから「私たちの戦いの武器は、肉の物ではな」い。(U コリント10:4)と記されている。 霊の戦いだからこそ余計、自我が砕かれ、肉が切り落とされて 素直に主と主のことばに従うことが重要である。 我々の方にへりくだりと従いがなければ、主 が戦ってくださることができないのである。 我々は「主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊」と戦う が、敵は我々一人一人の弱点をよく知っている。 だから、その人が何に弱いか、何に引っ掛 かりやすいかをよく知っている。 「不品行、汚れ、好色、 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そね み、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興」 、名声、プライド、お金、見栄、自己愛、 自己弁護、人にほめられること、肉の情、そういった類のもの、すなわち「肉」「世」「世のもの」 である。 このような類のものが、人の心の奥底に潜んでいる、ということが有り得る。 そのようなもの が少しでも潜んでいたなら、「天にいるもろもろの悪霊」どもは、その臭いを逃しはしない。 そ こに、より悪い思いを注入しようと巧みに働いてくる危険性がある。 しかし、絶えず主によりすがり、主の御前にへりくだっているならば、そのようなものが少しでも あれば、主が教えてくださる。 神から見た見方でそれを見ることができる。 そして、そのつぼ を割る、すなわちそのようなものから解放される。 そして主が戦ってくださり、主の勝利が与え られ、キリストにある自由人として、この地上をまっすぐに確実にゴール(永遠の御国)に向 かって歩んで行けるのである。 日々、「信仰を持って生きているかどうか自分を反省し、自分を吟味」していくことが大切であ る。(Uコリント13:5) そして、真に心から主の御前にへりくだり、自分を捨て、自分の十字架 を負い、主イエス・キリストに従って行きたいものである。(マタイ16:24)(ローマ6:6) ★新約聖書 第一ヨハネの手紙 2:15 世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その 人のうちに御父を愛する愛はありません。 ★新約聖書 第一ペテロの手紙 5:8 身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのよう に、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。 |
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