めんどり聖書研究会

 
めんどり通信/2003年1月19日 


★新約聖書 マタイ10:39
   自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、わたし(主なる神)のために自分の
   いのちを失った者は、それを自分のものとします。

●インドのあるクリスチャンが、ヒマラヤの山中を友人と二人で歩いていた。 吹雪の中を

進んだか、次の町はまだ遠い。 途中、彼らは雪の中に行き倒れになって凍死しかかっ

ている人を見た。 彼は友人にその人を担いでいこうと言った。しかし友人は「自分達の

命さえ危ないのに、そんなことできるか」と言い、ひとり先に行ってしまった。 彼は迷った

が、神の御心を思い、主に頼って彼を背負い、苦労しながら雪道を進んだ。 背中に人を

負っているからか、体中が温かくなり、力も出てきた。 途中、友人が凍死していた。

彼はその先を進み、背中にかついだ人と共に人家にたどり着き、暖炉のそばで暖まった。

そして二人とも助かった。 このことは、体の命に関わる問題だけではなく、日々の生活

の中で、様々な事柄において多くあることではないだろうか。 まず、自分の思いや考え

や計画を第一優先することは、世において当然のことと思われる。 しかし、聖書はマタ

イ10:39のように言っている。 今週も主の御心を追求して、主に頼って進んでいきたい

ものだ。




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