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2011年5月8日<名前>

この「めんどり通信」を掲載しているHP「めんどり聖書研究会」に「レムナントめんどり教会」
のご案内を書いている。 この「レムナントめんどり教会」の名前は、2005年秋頃から群れの
名前を与えてくださるよう、数名のクリスチャンで祈っていた。 すると2006年1月23日(月)朝、
著者が祈っていると主から「レムナントめんどり」というか細い声が聞こえたように感じた。 
肉声ではない。 表現が難しいが、霊の直感にも似た感じである。 主から来たことばだと
心の深いところでわかった。 悟ったという方が適切かもしれない。 そして、同時にその意味は、
「残りの者たちが集められる」ということだとわかった。 

ただ、そこから自分の思いや考えが入ってきた。 「レムナント」といえば有名な「レムナント誌」の
久保氏や当時、聖書のたとえの解釈では預言者的存在のレムナントキリスト教会のエレミヤ氏が
おられ、彼らのことが思い浮かんだ。 彼らは有名で、著者たちの群れはあまりにも小さい、だから同じ
「レムナント」というのは・・・・? しかし主が与えてくださったのは、この小さい群れの名前であって、
彼らとも、また他、日本にある「レムナント」と名のつく教会や団体、書籍などとは完全に別箇であるから、
そのことを主張するため「レムナントめんどり」ではなく「めんどりレムナント」の方がいいのではないか・・などと。 
しかし、ハッとした。 そしてすぐに、自分の考えや思いを巡らせていたことを主に悔い改めた。 
そして、群れの名前を主が、祈りに答えて与えてくださった「レムナントめんどり」教会と名付けた。 
その週の木曜日の集会で証しとともに皆に発表した。 共に祈ってきた者たちも主に感謝した。 
「レムナントめんどり」教会という名前について、人に相談したことも許可を得ようとしたこともない。 
人の考え、思いも入れていない。 ただ小さな群れで祈りに祈った結果、主から与えられた名前である。 
ちなみに、「レムナント」とは、「残りの者」という意味である。 

「残りの者」というのはイザヤ書10:20〜23に預言的なことばとして書かれている。 実際、歴史上、
北イスラエルは紀元前722年にアッシリアに滅ぼされ、南ユダは紀元前587年にバビロニアに滅ぼされた。 
しかし、それぞれの時、「残りの者」(生き残った者)たちがいた。 終わりの日にも「残りの者」たちが、
悔い改めて主に立ち返り、主に真実をもって頼る、ということである。 また「めんどり」は、主が人々を
御自身の下に来させようとされたご自身の姿を、めんどりを用いて示された。 世界や日本に次々
起きている災害や困難などを見ても、この世は明らかにサタンが支配している。(ヨハネ福12:31、14:30) 
しかし、このような世界の現実のただ中であっても、主は確かに生きておられ、ご自身の「残りの者」を
集めようと働いておられる。


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