めんどり聖書研究会


めんどり通信/2014年9月7日。主が復活された記念すべき日曜日です!ハレルヤ!
<ダビデの妻バテ・シェバからの思考>


★旧約聖書 詩篇 51:10-5:12
   神よ。私にきよい心を造り、ゆるがない霊を私のうちに新しくしてください。  私をあなた
   の御前から、投げ捨てず、あなたの聖霊を、私から取り去らないでください。 あなたの救
   いの喜びを、私に返し、喜んで仕える霊が、私をささえますように。
 
聖書を読んでいて、ダビデの妻であり、ソロモンの母親であるバテ・シェバについて書かれて
いる箇所が気になり、いろいろ思考してみた。 バテ・シェバの名まえが出てくるのは、第二サ
ムエル記11章、12章。 第一列王記1章、2章である。 他、詩篇51篇の標題にも出てくる。 著
者が首をひねったのが、バテ・シェバの言動である。 第一列王記1章にダビデ王が老人に
なっていた時のこと。 ダビデが後継者を明白にしていなかったので、ダビデの息子アドニヤ
が、ヨアブと祭司エブヤタルを味方に付けて、ダビデの知らないうちに王としての即位宣言をし
た。 しかし、祭司ツァドクとエホヤダの子ベナヤと預言者ナタン、それにシムイとレイ、およ
び、ダビデの勇士たちは、アドニヤにくみしなかった。 後継者はソロモンであることをダビデは
前もって主から「ことば」をいただいていたようである。(T歴代誌22:7-10) そのことを、バテ・
シェバは聞いており、預言者ナタンもバテ・シェバから聞いていたようであるが、ダビデは公に
はしていなかった。
 
預言者ナタンの助言により、バテ・シェバは、「『必ず、あなたの子ソロモンが私の跡を継いで
王となる。 彼が私に代わって王座に着く。』と言って誓われたではありませんか。」とダビデ王
に直訴した。 ナタンもバテ・シェバの訴えに保証を与えた。 そのことにより、ソロモンの正式
な即位式が公で実現された。 ソロモンが正式に王座に着いたことがアドニヤたちに知れると
アドニヤは、神殿の中に逃げ込み、祭壇の角をつかんだ。 本来なら、アドニヤは反逆罪です
ぐにも殺されるところだが、ソロモンは「彼がりっぱな人物であれば、彼の髪の毛一本でも地に
落ちることはない。 しかし、彼のうちに悪があれば、彼は死ななければならない。(T列王記
1:52)」と言い、そのときは殺さず、家に帰した。
 
その後、ソロモンが父ダビデの王座に着き、その王位が確立した頃、アドニヤがソロモンの母
バテ・シェバのところに願い事を言いに来た。 その願いとは、ダビデが老齢のため、体を温
め、仕えるために召されていた美しい女性のシュネム人アビシャグを妻にほしいということだっ
た。 そのときダビデは葬られていた。 アビシャグを妻にするということは、ダビデの王座を取
るという意味が含まれている。 ところが、バテ・シェバは、アドニヤの願いが何を意味するの
か分からず、ソロモンにその願いを伝えた。 しかし、ソロモンは、アドニヤがまだ王になること
を捨てていないと見なし、それは、いわば、反逆、謀反という「悪」であると見なした。 それで、
「彼のうちに悪があれば、彼は死ななければならない。(T列王記1:52)」のことばを実行した。
 
ここで、理解しがたいのが、バテ・シェバの言動である。 アドニヤが、野心をいだいて、王にな
ろうとしたとき、もし、アドニヤの策略が成功すれば、息子ソロモンは殺される可能性があり、
自分の身も危うくなっていたと考えられるにもかかわらず、アドニヤの願いをいとも簡単にソロ
モンに伝えていることである。 しかも、伝えるというより、「アビシャグをあなたの兄のアドニヤ
に妻として与えてやってください。」と、バテ・シェバの願いとした言い方をしていることである。 
ソロモンの王位が確立しているとはいえ、通常、親なら用心するのではないだろうか。 ここに
バテ・シェバの無知というより、むしろ世渡り上手、八方美人的な性質を窺(うかが)い知ること
ができる。 
 
また、アドニヤが野心をいだいて、勝手にとはいえ、「私が王になろう。」と行動を起こした時、
バテ・シェバは預言者ナタンに促されて動いた。 ソロモンが王位を継承することについて、バ
テ・シェバはダビデから直接、聞いていただけでなく、ダビデに誓わせていた。 それなのに、
ナタンが助言するまで「自分から」何かしなければならないというような意思表示が感じられな
い。 もし、バテ・シェバに、「自分から」という意思表示的な思いか言葉かでもあるなら、ナタン
が、ダビデ王のところへ行くように助言したときに、わかるようなことが聖書に記されているの
ではないかと思うのだが? 
 
しかし、実際、バテ・シェバがダビデに話した内容は、ナタンの助言を受けていたとはいえ、ナ
タンに言わされている感はなく、むしろ、しっかりした自分の口調でナタンの助言というより、心
に秘めていた自分の願いを自分の言葉でダビデに話しているように思われる(T列王記
1:15-21) その言葉にはバテ・シェバの強い意志が感じられる。 バテ・シェバは、「自分から」
何かをするというより、自分は前面には出ないが、自分の考えや思いなど、自分のものをしっ
かり持ち合わせて、それを人を用いて巧妙に、しかも上手く前面に押し出しているような感じを
受ける。 やはり、世渡り上手、八方美人的な性質からにじみ出てくるものではないだろうか。
 
結果的に、ソロモンの正式な王としての即位宣言が公になされ、今後に起きる可能性のあった
謀叛を断ち切ることができたことは、ある意味、この2回とも、アドニヤのことを通して、バテ・
シェバがきっかけとなった。 こうして、王国はソロモンによって確立した。 神のご計画が進ん
だ。 神は、ご自身のご計画を進ませるために、人が思いもしない、考えもしない方法を使わ
れることがある。そこには我々がまだまだ悟っていない深い神の御心があるように思われる。
 
こうしてみると、第二サムエル記11章に書かれていること。 ダビデ王が、バテ・シェバと姦淫
罪を犯した罪は、神から見られたとき、全面的にダビデだけが悪いとも言えないかもしれない。 
確かに、ダビデに隙があったことは事実である。 アモン人と戦争状態で、ヨアブと自分の家来
たちとイスラエルの全軍とを戦いに出していたとき、その戦いに出陣せず、自分はエルサレム
に残っていたばかりか、夕暮れ時に床から起き出して来たからだ。 そして、王の立場を利用
してバテ・シェバを我がものにした。 
 
しかし、ダビデは預言者ナタンの忠告によって、自分の罪と罪深さに気づき、苦しんだ。 そし
てダビデは深い悔い改めをして神に赦されている。 また、その深い罪を引き起こす自分の内
側にある「罪の性質」、「生まれながらの性質」にも気づき、苦しみ悩んでいる。 自分の「罪」
「罪の性質」、「生まれながらの性質」にきちんと向き合っている。 そして、姦淫と殺人の二つ
の罪の赦しだけでなく、そのような深い罪を犯してしまう「罪の性質」、「生まれながらの性質」
からの「救い」、「解放」を求めている。 詩編51篇にはそれらのことが書かれている。
 
ところが、バテ・シェバの心の内側のことは何も書かれていない。 ダビデ王という強い圧力の
前に無抵抗にならざるを得なかったと言っても、彼女の中には若干、計算があったのかもしれ
ないという感じさえ受ける。 ダビデ王の評判やそれまでに実際、ダビデが行なってきた言動、
ダビデの家来として、それもダビデの30人の勇士の中の一人であった夫ウリヤが、王のため
に戦地へ出向いている事実などを見るなら、強く拒否することも可能だったのではないだろう
か。 しかし、拒否せず、逆らわなかった。 そこに、環境、状況を利用したバテ・シェバの計算
があったのではないだろうか。 推測ではあるが、バテ・シェバは、弱く見せて、実は強(した
た)かであったのかもしれない。 
 
バテ・シェバにも自分の苦しみはあったと思う。 聖書には「夫ウリヤが死んだことを聞いて、夫
のために悲しんだ(Uサムエル11:26口語訳)」と書かれているからだ。 しかし、それ以外に
彼女の内面が記されていないのが気になるところである。 ダビデの娘タマルは、腹違いの兄
アムノンから理不尽に、はずかしめを受けたが、彼女の苦しみがリアルに伝わってくる。(Uサ
ムエル13:19、20) このように見てみると、バテ・シェバは、悲劇のヒロイン的な世渡り上手、
八方美人的な世渡り上手という印象を受ける。 それでも、バテ・シェバは王国が確立するた
めに大きな役割を果たし、このバテ・シェバからソロモンが生まれ、その子孫にイエスが生まれ
られた。 ただ、聖書(マタイ福1:6)は、イエス・キリストの系図の中にいる4人の女性の中で
「ダビデに、ウリヤの妻によってソロモンが生まれ」とバテ・シェバの名まえは排除している。 
後の3人の名まえ、タマル、ラハブ、ルツ と記されている。
 
ちなみにバテ・シェバの夫ウリヤはダビデの30勇士の中の1人であり、バテ・シェバの父エリア
ムも30勇士の中の1人である。 エリアムの父は、ギロ人アヒトフェル。 すなわちアヒトフェル
の孫がバテ・シェバ。 このアヒトフェルは、アブシャロムがダビデに対して謀反を起こした時、
アブシャロム側に付いた人である。 このような複雑な人間模様が、バテ・シェバの性格形成に
影響しているのかもしれない。 
 
いずれにしても、バテ・シェバの八方美人的な世渡り上手は、ソロモンに受け継がれていった
ように思われる。 当時外国の女性と結婚することは、その国の偶像崇拝の影響を強く受ける
危険性があるので、基本的には禁じられていたことではあったが、ソロモンは、外交関係を良
くするために、政略結婚をした。  その原因の一つに「バテ・シェバゆづりの性質」が関係して
いたのかもしれない。 真に主に仕えて行こう、主の従って行こうとするなら、親ゆづりの性質
すなわち「生まれながらの性質」は変えられる必要がある。 我々が、信仰の創始者であり、完
成者であるイエスから目を離さないで、上にあるものを求め、絶えず祈ことをしていきたいも
のである。 そうしているなら、聖霊が大いに働いてくださって、心の深層部に隠れているかも
しれない主が「良し」とされない「思い」「願い」に気づかせてくださり、神にかたどって造られた
新しい人に変えてくださるであろう。(へブル12:2、コロサイ3:1、エペソ4:24)
 
★旧約聖書 詩編 119:10,11
   私は心を尽くしてあなたを尋ね求めています。どうか私が、あなたの仰せから迷い出ないよう
   にしてください。 あなたに罪を犯さないため、私は、あなたのことばを心にたくわえました。
 
★新約聖書 コロサイ人への手紙 3:16
   キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互
   いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい
 



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